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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)171号 判決

控訴人

株式会社三永商会

右代表者

福永世之助

右訴訟代理人

浅井正

被控訴人

八千代信用金庫

右代表者

新納太郎

右訴訟代理人

亀岡宏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人の申請原因1ないし3の各事実及び同4の事実のうち、被控訴人が控訴人に対し本件手形金の支払を求める訴訟を提起し、控訴人がこれに抗争していることは当事者間に争いがない。

二そこで以下控訴人の抗弁について判断する。

まず、控訴人の抗弁1ないし4の事実は当事者間に争いのないところである。

控訴人は、被控訴人と訴外会社との信用金庫取引基本契約の約定の反対解釈によれば、訴外会社が本件手形の買戻義務を履行した以上被控訴人は本件手形について所持人として権利行使ができないこと、及び控訴人は、第三者として訴外会社の右買戻債務を弁済提供し、被控訴人は受領遅滞に陥つたから、右時期以降において被控訴人は本件手形上の権利を行使できない旨主張する。

しかしながら、仮に右弁済が訴外会社の意思に反することなく右受領遅滞に陥つたとしても、弁済の提供のみでは、まだ弁済が完了したということができず、前記約定にいう履行が終つたものということはできない。のみならず、右約定は、訴外会社と被控訴人間の取引についての約定であり、右両者間の約定が、本件手形所持人たる被控訴人の手形振出人たる控訴人に対する手形上の権利行使についてまで拘束するものでないこと明らかである。この点に関する控訴人の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

次に、控訴人は、訴外会社の被控訴人に対する買戻債務を第三者として弁済提供し、被控訴人においてこれを拒否したので供託し、これによつて買戻債務は消滅した。被控訴人は第三者として弁済供託した控訴人に対し、本件各手形を返還する義務を負いながら、本件各手形上の権利行使をするのは、禁反言及び権利濫用の法理から許されない旨主張する。

しかしながら、控訴人の右弁済供託は、これによつて確定的に債務を消滅させるものではなく、控訴人の有する右供託物取戻請求権が消滅するまでは、その債務消滅は、停止条件又は解除条件的なものといわざるをえない。本件において右供託物取戻請求権が消滅していないこと、及び被控訴人において右供託物の還付請求権を行使していないことは、弁論の全趣旨によつて明らかなところである。したがつて、買戻債務が確定的に消滅したことを前提とした控訴人の主張はその余を判断するまでもなく採用できない。

これを要するに、本件のような事実関係のもとにあつては、被控訴人は、手形割引依頼人である訴外会社に対する手形買戻債権を行使するか、或は手形所持人として、手形振出人たる控訴人に対して、手形債権を行使するかは自由であり、手形買戻債務について弁済提供ないし供託があつたからといつて、これが受領を義務づけられるものではない。また右弁済を受領しないことが、本件手形債権の成否消長に影響を及ぼすものではなく、また本件手形債権の行使が直ちに信義則違反ないし権利の濫用に結びつくものともいえない。本件手形の買戻債務を第三者として弁済提供し、かつ供託したことを理由に本件仮差押の被保全権利及び必要性が消滅したものとする控訴人の主張は採用するに由ない。

三してみると、原判決及び名古屋地方裁判所が同裁判所昭和五三年(ヨ)第五四五号債権仮差押申請事件について、昭和五三年五月二日なした仮差押決定は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を濫用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 加藤義則 上本公康)

手形目録〈省略〉

債権目録〈省略〉

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